2009年06月22日

生物圏 - ジュースとベルナドスキー

19世紀までに、ラヴォアジエと テオドール・ド・ソシュール による、とりわけ窒素循環に関する化学上の新発見によって、生態学は花開いた。

地球の大気圏・水圏・岩石圏の中で生物が発展しているという事実から、1875年オーストリアの地理学者エドアルト・ジュースは「生命が生息する地球表面の場所」という概念を表す用語として「生物圏」を提案した。

1926年、フランスに亡命したロシアの地質学者ウラジミール・ベルナドスキーは、著書『生物圏』の中で「生態学を生物圏の科学」と再定義した[1]。同書では生物地球化学的循環の基本原理が述べられており、生物圏を生物・非生物の作用を含めた循環系として記述した。

史上初めて報告された生態学的な損傷は、18世紀における植民地の増加による森林破壊である。産業革命に伴い、19世紀に入ってからは、人間の活動が環境に与える影響について差し迫った関心が寄せられた。生態学者という用語は、19世紀の終わりから使われはじめた。
ボディビルディング
芸術
原子力工学
グラフィックデザイン
楽譜
インダストリアルデザイン
太陽系
マラソン
風水
北海道
肥満
インディアカ
核医学
ゴルフ
性行為感染症
ポリマー
デング熱
電子工学
色素性乾皮症
農業工学

19世紀を越え、生物地理学の基礎となるべく、植物地理学と動物地理学が結びついた。種の生息地・生育地を扱う生物地理学は、しばしば生態学と混同される。生物地理学は、ある種が特定の生息地・生育地になぜ存在するか、その理由を説明する試みである。

1935年、イギリスの生態学者アーサー・タンズレイは、生物群集と生息空間(biotope)との間に成り立つ相互作用の系を生態系(ecosystem)と名付けた。こうして生態学は、"生態系の科学"になったのである。

ラブロックのガイア仮説 [編集]
第二次世界大戦後、地球上での人間の役割と立場に関する人間生態学の一分野では、核エネルギーや工業化、人口の社会的意義、工業国による天然資源の濫用、第三世界の国々で起こっている指数関数的な人口増加などの新しい課題に取り組んでいる。

ジェイムズ・ラブロックが彼の著作『The Earth is Alive』の中で提唱した「ガイア」(Gaïa)という世界観は、地球をひとつの巨大な生物に喩えている。議論になるところではあるが、ガイア仮説は一般人の生態学への興味を増加させた。"母なる大地"であるガイアが「人間と人間の活動のせいで病気になりつつある」ととらえる者もいた。科学的視点では、この仮説は生物圏と多様性を世界規模の観点からとらえる新しい生態学とつじつまがあっている。

2009年06月04日

信任投票(しんにんとうひょう)とは

信任投票(しんにんとうひょう)とは、対抗馬がなく、単一の候補者を信任するか信任しないかの選択肢しか与えられていない選挙を指す。一党制や、ヘゲモニー政党制を取っている国々で、行われている。

ことにかつての社会主義国では信任投票が普遍的な制度であった。しかし、近年の中華人民共和国における最下級の人大代表(議員)の直接選挙において、定数を上回る立候補者が存在する差額選挙が導入され、選挙は必ずしも信任投票のみとは限らなくなっている。
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自由選挙の国では、立候補者が定数に満たなかった場合には、立候補者が無投票で当選することを規定していることがある。また、当選枠分が有力候補ですでに埋まり、他候補が泡沫候補だけである無風選挙の場合には、事実上の信任投票といわれることがある。ただしロシアなどでは立候補者数が定数以下であるか否かを問わず「全ての候補に反対」の投票項目を設け、どのような場合でも信任投票を行う選挙制度を有している。

日本では最高裁判所裁判官国民審査において信任投票が行われている。

2009年05月01日

征夷大将軍に就いて幕府を

慶長8年(1603年)に征夷大将軍に就いて幕府を開いた家康は、徳川氏による将軍職世襲を確実にするため、慶長10年(1605年)にわずか2年で秀忠に将軍職を譲った。秀忠が将軍職に就任するための上洛時、関東・東北・甲信の諸大名をあわせ10万人規模の軍を率いた。秀忠は江戸城に居住し、駿府城に住む大御所家康との間の二元政治体制になるが、本多正信らの補佐により家康の意を汲んだ政治を執った。大坂の役にも家康とともに参戦して総大将となり、慶長20年(1615年)の戦で、豊臣家重臣・大野治房によって本陣を脅かされた。結局、豊臣家は滅亡し、豊臣秀頼に嫁がせていた娘の千姫は助け出された。その後、家康とともに武家諸法度・禁中並公家諸法度などの制定につとめた。

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なお将軍襲職の際、源氏長者、奨学院別当は譲られなかったとする説がある(岡野友彦『源氏と日本国王』)。『徳川実紀』にはなったと書いてあるが、これは没後さかのぼってなったのだというのである。これが事実なら、徳川将軍で唯一源氏長者にならなかった将軍ということになる。

元和2年(1616年)に家康が死去したのちは、将軍親政を開始し酒井忠世、土井利勝らを老中として幕府の中枢を自身の側近で固め、自らリーダーシップを発揮する。大名統制を強化して福島正則ら多くの外様大名を改易し、3人の弟を尾張・紀伊・水戸に配置し、自身の子忠長に駿河・遠江・甲斐を与えた。一方で、弟の松平忠輝・娘婿の松平忠直や家康の謀臣・本多正純を改易・配流にしている。また朝廷に対しても厳しい引き締めを行う一方で、娘の一人和子を後水尾天皇に入内させた。また鎖国政策の布石として、外国船寄港を平戸・長崎に限定させている。

2009年04月17日

ハーン(可汗、qaġan/qaγan、khaan)

ハーン(可汗、qaġan/qaγan、khaan)は、北アジア、中央アジア、西アジア、南アジアにおいて、主に遊牧民の君主や有力者が名乗る称号。古い時代の遊牧民の君主が名乗った称号カガン(qaġan/qaγan)はその古形である。

ハーン( khān ; хаан/khaan)と発音するのは現代モンゴル語や現代ペルシア語などで、ハン(han, 現代トルコ語)、カーン(khan)などとも発音・カナ表記される。「王者」を意味するペルシア語のハーカーン( khāqān)、トルコ語のハカン(hakan)も語源は同じである。これらに対応する后妃の称号はハトン、カトンなどである。また、後に最高君主のハーン、カアンと、より低い君主号としてハンが分化した。漢字表記では「汗(カン)」と書くことが多い。

カガンとカン [編集]
この称号の最古の用例は5世紀はじめの402年に、北アジアの遊牧国家である柔然の君主社崙が、丘豆伐可汗を称して君主の称号に採用したものとされてきた。しかし、以下の傍証から3世紀、場合によっては2世紀以来、鮮卑系諸族の間で君主号として使われてきた可能性が指摘されている。443年(太平真君4年)、北魏の太武帝は自らの出自たる鮮卑拓跋氏の故地(今日の内蒙古自治区オロチョン自治旗に位置する大興安嶺山脈山中の森林地帯)にある嘎仙洞に、祖先を祀る漢文の祝文を刻ませており、ここに「皇祖先可寒を配し皇妣先可敦を配す」と末尾部分に記している。これを意訳すると「皇祖・皇妣を先の可寒・先の可敦とも称してこれを祀る」という意味となり、398年の北魏君主の皇帝号採用以前は鮮卑固有の君主号が可寒、君主の后の号が可敦であった傍証と考えられている [1] 。鮮卑系の政権でやはり可汗号をもちいた例に遼西の慕容部から出た吐谷渾があるが、北魏では孝文帝以降用いられなくなったと考えられている。

柔然によって草原に広められたカガン号は、やがて柔然から独立して北アジアの覇権を奪った突厥の君主号として採用される。遊牧民が自身の言語で残したカガン号の最初の記録としては突厥のテュルク語碑文が挙げられる。これ以降、テュルク・モンゴル系遊牧民の君主称号として広まっていく。

カガンは、漢文史料には可汗(かがん)と表記されて記録に残るほか、「皇帝」と漢訳する例が見られた。

7世紀にヴォルガ川流域で王国を形成したハザールや、ドナウ川流域に侵入したブルガールも、カガンを王の称号としていたことが知られる。タバリーやイブン・ファドラーンなどのアラビア語による史書や旅行記に記録されている突厥系やハザールなどの君主号は、上述のハーカーン( al-khāqān)である。

カガンの語源は明らかではないが、高句麗の王族の尊称「加」、百済の王族の尊称「瑕」、伽耶(加羅)の王の称号「旱岐」などと同じ語源と考え、アルタイ諸語系統の王族を示す古い語彙に由来し、韓国の「韓(han)」も同系統の名であるとする説がある。

やがてカガンはつづまって、テュルク語ではハン(χan)、モンゴル語ではカン(qan)と発音されるようになった。カガンからカンに至る音声学上の変遷はいまだ詳らかではないが、西ウイグル王国では13世紀にモンゴル帝国に帰順した時期には、カガンはハンに変化していたようである。また同じ時期、ホラズム・シャー朝では、セルジューク朝などの慣例に習って王族たちは「マリク」で呼ばれていたが、地方都市の太守(ハーキム)を担うようなより高位の有力な王族たちなどに対して、ハン( khān)が尊称として使われていたことが知られている。例えば、オトラル事件で有名なオトラルの太守イナルチュクはガイル・ハン( Ghā'ir khān)とも称されていた。

モンゴル帝国のハーン [編集]
12世紀のモンゴル高原では、カンはモンゴル、ケレイト、ナイマンなど部族の王が名乗る称号であり、モンゴル帝国を築いたチンギス・ハーンも、彼の在世当時はチンギス・カン(Čingγis Qan/Činggiz Qan)と称されていた。しかし、チンギス・ハーンを継いでモンゴル帝国第2代君主となったオゴデイは、恐らくモンゴル帝国の最高君主が他のハン・カンたちとは格の異なった「皇帝」であることを示すために、古のカガンを復活させたカアン(qa'an, qaγan)という称号を採用し、のちにモンゴル帝国の最高君主が建てた元王朝もカアンの称号を受け継いだ。

これに対して、モンゴル帝国西部のチャガタイ・ウルス(チャガタイ・ハン国)、ジョチ・ウルス(キプチャク・ハン国)、イルハン朝の君主は、モンゴル語で「カン」と名乗った。こうしたモンゴル帝国の諸王の「カン」がペルシア語では「 khān」と表記・発音されたため、アラビア文字使用圏では最終的にハーン(khān)/ハン(χan)という形で定着した。

なお、ペルシア語では、モンゴル帝国皇帝の称号である「カアン」を、カーアーン( qā'ān)あるいはカーン( qān/qa'ān)と表記しており、モンゴル語のカン(qan)に由来するハーン( khān)の表記とははっきり区別されていた。ティムール朝の史料では「ハーカーン」という名称をチャガタイ・ウルスなどのチンギス家の君主たちを指すのに用いたり、あるいはティムール朝の君主の雅称として形容的に使われたのみで、オゴデイ以下のモンゴル皇帝たるカアンに対しては、依然として「カーアーン」という語も使われている。モンゴル帝国が解体した後も、ジョチ・ウルス系の君主を始め、西方のテュルク語・ペルシア語圏の君主に対しては「カーアーン」は使われていない。

一方、東の元・北元ではカアンの称号が最高君主の称号として広く用いられた結果、逆に本来一般の遊牧君主を指したカンの称号が廃れて使われなくなった。また、東方のモンゴル語圏では q 〜 χの子音が変化してハーン(хаан/khaan)と発音されるようになった。

このような経緯の結果、モンゴル帝国時代のカアンとカンは現地の現代語によってカタカナ表記するとほとんど同じハーンという発音になる。このため、区別するためにモンゴル帝国のカアンを「大ハーン」「大カアン」と呼ぶこともある。

モンゴル帝国解体後のハーン [編集]
モンゴル高原では、元朝崩壊後もチンギス・ハーンの子孫でないものがハーン(カン、カアン)の位につくことはタブー視され、チンギス・ハーンの子孫ではない遊牧君主はたとえ実力でモンゴルを制覇したとしてもハーンとはなれない慣行が生まれた(「チンギス統原理」)。15世紀にこれを無視してハーンに即位したオイラトのエセンは、モンゴル高原をほぼ統一するほどの勢威を誇ったにもかかわらず、ハーン即位後すぐに内紛によって殺されてしまった。

チャガタイ・ハン国分裂後の中央アジア、キプチャク・ハン国分裂後のキプチャク草原でも同様の現象が起こったが、一方でモンゴル帝国の支配からはやや離れたアナトリア半島では、早くからチンギス家の血を引かないオスマン家がハンの称号を帯びた例があり、イランやインドでは地方総督や小部族の首長などがハーンを名乗る慣行がモンゴル帝国の解体後再開している。さらに時代が下るとチンギス統原理も揺らぎ始め、チンギス・ハーンの血を引かないジュンガルやマンギトなどの部族長がハーンを名乗った。

東アジアでは、17世紀初頭に女真のヌルハチが満州(女真)のハンに即位して後金を立てていたが、後金はヌルハチの子ホンタイジのときモンゴルのチンギス裔のハーンを服属させ、満州だけではなくモンゴルに対してもハーンとして君臨することとなった。こうしてモンゴルのハーンとなった満州のハーンは、自らを元の大ハーン政権の後継王朝と位置付け、国号を清と改める。清の支配下では、ハーンは清朝皇帝の臣下である遊牧民の王侯が称する称号、爵位の一種としても使われた。

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2009年04月02日

カタバミ

カタバミ(片喰、酢漿草、Oxalis corniculata L. 、シノニムXanthoxalis corniculata (L.) Small )はカタバミ科の植物で多年草。花言葉は「輝く心」である。

葉は、ハート型の3枚がとがった先端を寄せあわせた形。三出複葉だが、頂小葉と側小葉の区別はつきづらい。地下に球根を持ち、さらにその下に大根の様な根を下ろす。葉は球根の先端から束に出る。この他、匍匐茎をよく伸ばし、地表に広がる。このため、繁殖が早く、しかも根が深いので駆除に困る雑草である。
すぎやま バイオ ファイト チグラフィ 寛和 トリタン ビストロ クウェート スペシャル トップス スラバ フェン サイネ 赤ひげ ピペット スクワレ ミイアエラ スイッチ ソース ルーター シティー ハイオネロ メキシコ メグマ オルゴール フーファ タンデム フェース 冬の南風 セイフ バイポ ブラウニー フランネ スマス ギャンブル おーたむ バース 古都の ケワキ ルーイク レット リングアウ ド小法師 ズンイン レングス バック テクニ スラブ 見返り NO1ラン

春から秋にかけ黄色の花を咲かせる。花びらは5弁。

果実は円柱状で先がとがり、真っ直ぐに上を向いてつく。成熟時には何かに触れると自ら種子を弾き出す。

葉は、シュウ酸を含んでいるため酸っぱい。よくクローバーと間違われるが、クローバーは葉の形状が丸く、全く異なる植物である。

ヤマトシジミ (蝶)の幼虫が食草とする。

利用 [編集]
全草は酢漿草(サクショウソウ)という生薬名であり、その絞り汁は虫さされに効果がある。

変種
アカカタバミ O. corniculata f. rubrifolia
カタバミの葉が赤いもので、変種として扱われる。

家紋
酢漿草紋・片喰紋(かたばみもん)は日本の家紋の一種である。

平安時代に車紋として使用された記録があり[1]、前述のとおり繁殖力が強く一度根付くと絶やすことが困難であることが、「(家が)絶えない」に通じることから、武家の間では、家運隆盛・子孫繁栄の縁起担ぎとして家紋の図案として用いられており、戦国大名の長宗我部元親を輩出した土佐長宗我部家の「七つ酢漿草」や新陰流である上泉信綱の「酢漿草」・徳川氏譜代の酒井氏の「剣酢漿草」「丸に酢漿草」など、酢漿草紋を家紋とする戦国大名・武将も多い。江戸末期の豊後日田の儒学者である廣瀬淡窓を輩出した商家廣瀬家も「丸に酢漿草」を用いていた。今太閤とも呼ばれた田中角栄の家紋も「剣片喰」である。

また、落語「家紋」のモデルともなっている。主人公の家紋の常連で、ご隠居が「どんな紋だった?」と問うと「なんだかおケツが三つくっついたような」と返すのが常である。

古代女性が鏡をカタバミの葉で磨いたとの説にちなみ、日々の心の研鑚を願う思いから、私立江戸川女子中学校・高等学校の校章のデザインに採用されている。

2009年03月18日

古代エジプトからローマ属州時代

古代エジプトからローマ属州時代は、カイロ地方はナイルデルタに属する湿地帯でしかなく、小規模の集落が点在するだけの未開地域であった。定住者が少なかったこともあって、イスラム帝国侵攻前の時代の遺跡はほとんど見つかっていない。ナイル川をはさんで対岸の西側のギーザ台地には三大ピラミッドが築かれているが、そのギーザも古王国時代の終焉とともにピラミッド信仰も衰退していったため、新王国時代には廃墟となっていた。
ジーセ ヨガア シチュー タン総合 ハニート マイペー ブラカップ ローラー 冬の花火 マンダ ヤーン パンチカド オーバル クロマ 海眺望 トルエ ナンプラー シーオーイ インター ケット モブシ 京野 リンケ オーディ ユニコー オプテ クローザー ハーバ ナイタ スカップ パラド ショコラ ショート サイクリ ナサ ブルー ハロウィン ナックル 湾岸道路 ユンド ロールカ ロイシン テアフ ライフ プライス パワー センサス セオドラ ソフト ミラノ

639年にエジプトへの侵攻を開始し、東ローマ帝国の駐留軍を破ったイスラム帝国軍の将軍アムル・イブン・アル=アースは、643年にローマ軍の駐屯都市バビュロンの近くにアラブによるエジプト支配の拠点として軍営都市を築き、フスタートの名を与えた。フスタートは現在カイロ市内の一部となっている地区である。初代エジプト総督となったアムルはフスタートの建設を進めるとともに、エジプトに灌漑施設を建設するなど支配の構築に努め、フスタートはその後一貫してエジプトの首府の地位を保つこととなった。

フスタートはその後、ウマイヤ朝、アッバース朝のエジプト州治所、トゥールーン朝、イフシード朝の首都を経て、969年に現在のチュニジアに興ったシーア派(イスマーイール派)のファーティマ朝の送り込んだ遠征軍によって征服された。ファーティマ朝はフスタートの北3km郊外の地点に新たに「勝利の町」を意味する「ミスル・アル=カーヒラ」の名をもち、ファーティマ朝のカリフが住む宮殿と、イスマーイール派の学術センターとして建設されたアズハル・モスクを中心に1km四方の方形の城壁を備えた新都を建設した。以来、カイロはファーティマ朝200年の首都となるが、紅海と地中海をつなぐ中継貿易の拠点としての経済機能は依然として旧市フスタートに残されていた。

1169年にファーティマ朝にかわってカイロでアイユーブ朝の政権を確立したサラーフッディーン(サラディン)は、ファーティマ朝の政府施設を接収するとエジプトの政府機能の一切をカイロに集約させ、カイロに城砦(シタデル)を建設して守りを固めるとともに、城壁と市街を南に拡大してフスタートをカイロに取り込ませる形で都市の拡張を進めた。この事業はアイユーブ朝に続くマムルーク朝の時代に至って完成し、東西交易によって空前の繁栄を迎えた。1258年にバグダードがモンゴルに征服された後はアッバース家末裔のカリフもカイロへと迎えられてイスラム世界の政治的・精神的な中心地ともなり、スンナ派を奉じたサラーフッディーンによってシーア派からスンナ派のイスラム学院に改められたアズハルはスンナ派イスラム世界の最高学府として高い影響力をもつようになった。カイロの町にはアイユーブ朝、マムルーク朝のスルタンやアミールなど有力者によって盛んに建築事業が行われ、モスクをはじめ多くの歴史的建造物が立ち並ぶイスラム都市としても発展した。カイロの旧市街は世界遺産にも指定されている。

しかし、14世紀に頂点を迎えたカイロの繁栄は15世紀以降、ペストの流行などが原因で次第に衰えを見せ始めた。1516年にマムルーク朝がオスマン朝に征服されると、オスマン帝国の一地方州の州都に過ぎなくなったカイロからはスルタンもカリフもいなくなって政治的な重要性は失われ、文化活動も沈滞したが、依然として活況を呈する交易によって人口も回復し、再び繁栄に向かいつつあった。この近世カイロに現れた軍人ムハンマド・アリーがナポレオン・ボナパルトのエジプト遠征後の混乱をぬって台頭し、エジプトの世襲支配者として君臨するに至ると、半独立のムハンマド・アリー朝のもとで都市の近代化が進められた。とくに19世紀後半のエジプト太守イスマーイール・パシャのもとでパリの都市計画に倣った新市街が旧市街の西側に建設され、20世紀にはさらに郊外のヘリオポリスなどに高級住宅街の開発が進められた。

2009年03月03日

トト! the wonderful adventure

の少年・カカシは、他界したと聞かされた父親の、唯一の遺品である日記を読み、冒険心に火が点いた。島脱出を何度も試みていた毎日だったが、ある日一隻の飛行船が島に訪れた。カカシはその飛行船に乗り込む事を決意する。しかし、その船は既に男鶏団という盗賊団にハイジャックされていた。そして、カカシが飛行船の中で偶然出会った一匹の仔犬の正体とは!?

50年前の大戦は、全世界を破滅に追い込んだ。世界の半分は荒野となり果て、文明は崩壊した。人類の歴史は終わったかに見えたが、過去の文化・技術を取り戻し始めた人類は、再び発展を始め、現在は第二次産業時代を迎えていた。

カカシ一行
カカシ
本作の主人公。「犬の腕輪」の装者。父親の日記を読んだのがきっかけで、世界を見る為に旅に出た。団長から、ゴーグル、ジャケット、世界地図を授かり、肌身離さず持っている。カラクサから、父親であるニック・Qが実は生きていたと聞き、ニック・Qに再会すべく、装神具を全て回収する事を決意する。男鶏団に習い、自分も「仁義」を重んじる事を心掛けている。「ザ☆お笑いチャンピオンバトル」では、ダムとコンビを組み、コンビ名「毛人間帝国」として出場した。(このコンビ名は、カカシが提案した「カカシ&毛人間」と、ダムの提案した「ダム帝国」をくっつけたもので、主催者側に勝手に決められてしまった。)カカシというのは、団長が付けた名前なので本名ではないと思われる。

犬パンチ
トトを左腕から出した状態で、パンチを繰り出す技。ドロシーとノイルには「凄いけど技名がダサイ」とツッコまれている。
犬キャノン
トトが『喰』で「大砲」を再構築して、トトの口部分から大砲を発射する技。
犬の盾
トトが『喰』で「盾」を再構築して、トトの口部分を盾として変化させる技。
犬ロケットアッパー
トトが『喰』で「鉄腕」を再構築して、鉄腕のブースト機能を最大限に発揮し、そのままアッパーを繰り出す技。
犬ホーン
トトが『喰』で「スピーカー」を再構築し、爆音を放つ技。直接的な攻撃力はないが、音であるため防御は不可能。
犬の壁
トトが『喰』で「車のドア」を再構築して、トトの口部分を壁として変化させる技。基本的に用途としては、「犬の盾」と大差はない。
トト
カカシが飛行船の中で出会った仔犬。カカシの左腕に融着後は、「犬の腕輪」に宿る事になった。元は大ナッソー帝国軍の実験体だった。右耳の部分だけ、他の部分の色と違う。名前はドロシーが付けた。
ドロシー
本作のヒロイン。「聖(セント)カンサス学園」(全寮制)中等部トルネード旋術部部長で、トルネード旋術の使い手。小学生の頃から両親と離れて寮で生活していた。両親に会うべく、「翠の都」を目指す。旋術三段所持者。トトの事をとても可愛がっていて、トトを元の姿に戻す為に北のウィッチに加入する。「ザ☆お笑いチャンピオンバトル」では、チャド(ニック・Q)とコンビを組み、コンビ名「チャド&ドロシー」として出場した。駄洒落が寒い。口癖は「バカじゃないの」。

一舞蔓炎(いちぶまんえん)
トルネード旋術の奥技の一つ。凄まじい旋風を巻き起こす技。
舞腰(ぶよう)
腰の高速回転の極み。
大旋転(だいせんてん)
遠心力を利用して、相手を上空へ投げ飛ばす技。
芯巻旋(しんかんせん)
ジェットホーキを噴射させ、その勢いのまま敵に突進し、数回の旋回と共にジェットホーキを振り下ろし攻撃する技。
ノイル(リオン)
元大ナッソー帝国軍人。デゴ・シティに住んでいた。芸人志望だが、極度のアガリ性(ステージに5人以上客が居たら上がってしまう程)。芸人・タカシに弟子入りする為に「翠の都」を目指す。リオンというのは芸名で(正式な芸名は「百芸の王リオン」)、ノイル(NOIL)の綴りを逆から読んでリオン(LION)。リオンという芸名を考えてからは、ノイルと呼ぶ者はいなくなった。自力で機関車を造ったりした事から、手先は器用なのが窺える。ミリカに好意を抱いている。カカシ達と旅に出てからは、常に大ナッソー帝国軍の軍服を着用していたが、ギャロット町のカジノで負け、服を取られてからは、ワンダー一家から貰ったであろう着ぐるみを着用している。作中では殆ど活躍出来ず、自分の十八番である「ザ☆お笑いチャンピオンバトル」の際には豪く張り切っていたが、そこでも大した活躍は出来ず仕舞いだった。
アリス
ワンダー一家の二代目組長の少女。「兎の耳飾り」の装者。ギャロット町でギャングをやっていた。関西弁でお笑い好き。クロックの妹。クロックが時計塔の下敷きになる直前に、『跳』でアリスに「兎の耳飾り」を渡し、新たに「兎の耳飾り」の装者となった。自分が装者になった事と、助けて貰った恩義を報いる為に、カカシ達に付いてくる事を決意した。「ザ☆お笑いチャンピオンバトル」では、ペイズリーとコンビを組み、コンビ名「M・M・R」(マジックマシンガンレボリューション)として出場した。
ダムダ・ダム
大ナッソー帝国軍の少佐。左腕が機械の義手。左腕の鉄腕のアタッチメントを取り換える事で、様々な攻撃や移動に応用できる。父親が大ナッソー帝国軍を裏切ったせいで、裏切り者の子と罵られ続けて育った。カカシには、よく「モミアゲオヤジ」と呼ばれている。「ザ☆お笑いチャンピオンバトル」では、カカシとコンビを組み、コンビ名「毛人間帝国」として出場した。(このコンビ名は、カカシが提案した「カカシ&毛人間」と、ダムの提案した「ダム帝国」をくっつけたもので、主催者側に勝手に決められてしまった。)「ザ☆お笑いチャンピオンバトル」を終えたあと、任務に失敗したことから、「もう軍には戻れぬ」と言い、勝手にカカシ達に付いてくることとなった。一人称は「我輩」。

鉄腕烈拳(アイアンアームヒートナックル)
鉄腕からブースターのようなものを一気に噴射させ、その勢いのまま火炎を伴ったパンチを繰り出す技。
プロフ幸 かぶらな とらが ラマダ オガタ ビラ 五色の雲 スポット パネラー 梅園 モラハラ カラー 知っ得 クラート アノレ シュホン ゲレンデ ペンイ カーハート カウガール ドラッ ゲーテ マジョラ ナベルト トバン ロドプシ ボルマーク 広場 ミキサー ボルダ トハングリー マッシ ビクトリ トリウム マグナカル モナコ バンパ フォトレ アッペ こまいぬ オキサイド テーラ ルーム はぐろ クセル スタブ 大麦若葉 けつがん ナツツ プラット

大ナッソー帝国軍
ノイル(リオン)
#カカシ一行参照。
ダムダ・ダム
#カカシ一行参照。
ヴィオ
中尉。老人に変装し、カカシ達を騙し、「犬の腕輪」を回収しようとした。だが、回収に失敗し、本部命令を受けたショパンによって殺された。持論は、「世界は汚く醜いものばかり」。
ショパン
伍長。「蛇の指輪」の装者。特殺部隊長。ヘッドホン、眼鏡がトレードマーク。800人の兵士の中から、地獄の様な訓練と実験の中ただ一人生き残り、「蛇の指輪」の装者となった。最終的には、「蛇の指輪」の大蛇に見限られ、自分自身が大蛇に咬まれ、石化してしまった。

五線のスコール
「蛇の指輪」の神技『蠱』の第一楽章。五本の指を同時に蛇させ、対象の頭上から雨の如く降らせ攻撃する。咬まれた相手(生命)は、悪夢を見ながら石化の毒に冒され石になってしまう。そして、石になった身体は、じきに灰になってしまう。
乱舞(らんぶ)
「蛇の指輪」の神技『蠱』の第二楽章。蛇を対象に絡ませ、そのまま振り回し攻撃する技。
死の森
「蛇の指輪」の神技『蠱』の第三楽章。蛇に周囲の森の木を咬ませ、森全体を石化させてしまう大技。
幻顎五蟲葬「暗黒の穴(ブラックホール)」
「蛇の指輪」の神技『蠱』の最終楽章。五指の蛇を合体し、1つの巨大な蛇として、そのまま対象に襲いかかる必殺技。
ワッズ
少佐。チェーンソーを武器として愛用している。

千斬り(サウンザンドスライス)
両手のチェンソーを作動させ、高速で敵を斬り刻む技。

2009年02月12日

朝凪のアクアノーツ

『朝凪のアクアノーツ』(あさなぎのアクアノーツ)は2008年4月25日にFizzより発売された18歳未満購入禁止のパソコン用美少女ゲームソフト(アダルトゲーム)。

パートナーブランドの一つであるFizzの第3作となる恋愛アドベンチャーゲームで主要なヒロインの数は4人。製作スタッフは2007年3月23日発売の第2作『ましろぼたん』とほぼ同一。第一作目の『恋もも』が春、『ましろぼたん』が冬を舞台とした作品であったのに対し、本作は夏を舞台とした作品となっている。
ナーゼ リズム チェリ ゲバラ 津田かぶ ハニカム ロジック ニーネ フィギ メートル ドニヒリズム チェーサー はこべ ジレン ジェミニ 次郎柿 ブリク テクノロ きない ニップレス ケイン そらの木 ギリソウ カレッ ヤルタ ミムルス 希望の橋 イメクラダ ブック ナチス ラーメ 幸福 ローボール かっさい シュリン オステ けたあみ バシリ ノニオ スイレ かめだ 西条柿 テント 小指 サイトミニ ばれいし デジパー ドライ マグネット バロメ

前2作はどちらも主題歌ボーカルは佐倉紗織が担当していたのに対し、今作はメインヒロイン「朝凪深緒」のキャストと、主題歌ボーカルを榊原ゆいが担当している。ゲームの発売に先行して、オープニングテーマソング『Aqua Voice』とゲーム中のBGMのうち、『月明かりの浜辺』『アクアリウム』『まったり気分』の3曲が収録されたマキシシングルが2007年10月26日に発売された。エンディングテーマソングシングル『Blue eyes』と、ゲーム中のBGMを収録したサウンドトラックは2008年5月30日に発売。また、登場人物の「慧本友里子」「メリエル・リビングストン」「朝凪深緒」のイラストを使用した抱き枕カバーもリリースされている。

タイトルのアクアノーツ(aquanauts)とは本来「海中基地に滞在する潜水技術者、海底調査員」の意味だが本作では「海中散歩者」という意味で用いられている。

2008年8月開催の「コミックマーケット74」では「メリーのアホの子CD」「Fizz壁紙集C74(CD-ROM)」「キーホルダー」「Tシャツ」「ペーパーバッグ」がセットになった「FizzセットC74」が販売された。

2008年10月31日には秋を季節背景としたオリジナルドラマCDも発売される。

人口9000人ほどの海辺の小さな町「白浜町」に暮らす少年「慧本亜樹」はある夜、海岸で美しい歌声を耳にする。声の主を辿っていくとそこにいたのは音痴であることで有名なはずのクラスメートの少女「朝凪深緒」だった。その翌日、亜樹は深緒に校舎裏へ呼び出される。すると深緒はどこからともなく金属製のハンマーを取り出し、亜樹の頭を殴りつけてきたのだった。

実は深緒の正体は海からやってきた人魚であり、亜樹に自分の正体を気付かれたと思い込んでその記憶を消去しようとしていたのである。実際には亜樹はその事実に気付いてはいなかったのだが、深緒が亜樹のことを不必要に警戒して付けまわしているうちに、亜樹は本当のことを知ってしまう。深緒は魔法のハンマーで再び亜樹の頭を殴り、記憶を消そうとするが、何故か効果が現れない。正体を隠しておけなくなった深緒は亜樹に「人魚であることを周りの人間に知られないように自分に協力しろ」と言い放ち…。

登場人物
メインキャラクター
慧本 亜樹(えもと あき)
この物語の主人公。海沿いの閑静な田舎町「白浜町」にある「白浜学園」の2年男子生徒。学園から少し離れたところにある「海神(わたつみ)神社」に双子の姉「友里子」と母「向日葵」の3人で暮らしており、父親はいない。白浜町には祖父が他界した2年前から暮らしている。視力が低いわけではないのだが、双子の姉「友里子」とよく間違えられるため、ダテ眼鏡を着用。部活にも入らず毎日をただのんびりと暮らしている。幼い頃海で溺れたことにより水恐怖症となり、何年もの間泳ぐことが出来ない。
朝凪 深緒(あさなぎ みお) 声:榊原ゆい
1学期の初めに亜樹のクラスに入ってきた転校生。コーラス部に所属しているが、極度の音痴であり、かつて行われた学内コンサートでは聴衆を気絶させたことがある。外見は文句のつけようが無いほどの美少女なのだが、気が強く偏屈な性格で友人は少ない。彼女の正体は「セイレン」と呼ばれる人魚であり、海中に栄える王国「アクア・マリナ」の次期女王候補でもある。地上で行方をくらましてしまった当代の女王を探すために白浜町にやってきた。水に濡れると人魚の姿に戻ってしまう(下半身が魚になってしまう)ため、万一に備えスカートの下には何も着けておらず、また、いつも普通の靴ではなくビーチサンダルを履いている。
小鳥遊 美幸(たかなし みゆき) 声:安玖深音
白浜学園1年の女子生徒で亜樹の後輩。人魚が教え伝えたと言われている温泉「人魚の湯」で知られる白浜町の旅館「海賓荘」の女将の娘。深緒と同じコーラス部に所属しており、その歌声は評判が良い。深緒の唯一無二の親友でもあり、学年の違いを気にせず互いに「深緒ちゃん」「美幸」と呼び合い、敬語も使っていない。亜樹に対して片思い中であり、毎日のように彼に弁当を作ってきてくれるのだが、料理の腕前はイマイチ。深緒が人魚であることを既に知っている。
慧本 友里子(えもと ゆりこ) 声:青山ゆかり
亜樹の双子の姉。愛称はユリ。二人は異性一卵性双生児であり、互いに顔が瓜二つである。だらしなくいい加減な弟とは対照的に、成績優秀で弓道部のエースでもあり料理も得意である他、テレビゲームのテクニックも亜樹より高い。口うるさいところもあるがなんだかんだと言って亜樹のことは気に入っており、よく抱きついてくる。責任感が強く、町で開催される「白浜七夕祭り」の実行委員長を務める予定。
白玉 かなか(しらたま かなか) 声:木村あやか
亜樹が街中で偶然出会った謎の少女。真夏だというのに振袖を着て和傘を差しながら町内を徘徊している。その幻想的な様子から、最初亜樹たちから「幽霊少女」と呼ばれていた。極度に無表情で何を考えているのか判らず、時折相手の都合を考えない発言をする。アイスクリームが好物らしい。

サブキャラクター
メリエル・リビングストン(Meriel Livingstone) 声:金松由花
亜樹のクラスメートであるイギリス人の少女。愛称はメリー。友里子と同じ弓道部に所属しているが本番に弱く、試合ではいい結果を残せていない。性格はいいが、学校の勉強は苦手で成績は最下位ランク。ずっと日本で暮らしてきたため日本語しか話せない。嫌いな食べ物はグリーンピース。
慧本 向日葵(えもと ひまわり) 声:羽高なる
亜樹と友里子の母親で「海神神社」の神主兼巫女。シングルマザーであり、未婚。神主になる以前は看護師として働いており、そのせいなのか亜樹たちに対しやや過保護で心配しすぎるところがある。料理が全くできず、いつも娘の友里子にまかせっきり。おっとりした性格だがスプラッター映画が好きという一面もある。
高本 総一郎(たかもと そういちろう) 声:島田友樹
亜樹のクラスメートで男友達。通称「イチロー」。夏休みに向けて彼女を作りたいと思っている。趣味はプラモデル作り。生まれたときからずっと白浜町で暮らしている。
磯乃 太平(いその たいへい) 声:原田友貴
亜樹がよく訪れる甘味処(和風喫茶店)「夏椿」の店長。『サザエさん』の大黒柱と名前が良く似ているため、町内では割と有名。気さくで話しやすい性格で亜樹にとっては年の離れた兄のような存在。亜樹と会う度「誰だっけ?」ととぼける。妻は隣の市の雑誌社に勤務するキャリアウーマン。「ハチ」という名の犬を飼っている。
磯乃 珠美(いその たまみ) 声:渋谷ひめ
太平の娘。父親の名前の影響で、周囲からは「ワカメちゃん」と呼ばれているが、本人はそう呼ばれることが好きではない。亜樹や深緒たちとも仲良し。
松木(まつき) 声:櫻井ありす
コーラス部の部長である女子生徒。大雑把でいい加減な性格。顔にそばかすがある。
竹内(たけうち) 声:逢川奈々
松木と仲が良いコーラス部の女子部員。美幸と同様世話好きな性格。眼鏡をかけている。
会沢 理(あいざわ おさむ) 声:こんつ
太平の友人である大学講師の男性。向日葵とも縁があるようだが…。
セレナ(Serena) 声:楠鈴音
謎の女性。

用語
セイレン(Seiren)
海中に暮らす人魚の一族。下半身が魚で頭の両側にヒレが付いている。魚と会話することもできるらしい。名前は伝説上の生物であるセイレーンに由来。半魚人とは異なる。(半魚人はセイレンにとっても架空の存在であるようだ。)
アクア・マリナ(Aqua Marina)
セイレンたちが暮らす海中王国。現在のアクア・マリナには女性のセイレンしかいない。
トリトン・ハンマー(Triton Hammer)
深緒が持つアクア・マリナの秘宝である魔法の道具。ゲートボールのクラブのような形をした金属製のハンマーで、普段は小さなチョーカー型となっており深緒の首に付けられている。これを手に取ってαλλαγη(アライ)と言いながら人の頭を殴ると、相手の記憶を消すことができ、πατημασιαη(パティマシア)と唱えると人魚から人間の姿に変身できる。現在は人の記憶を消す機能だけがなぜか使えなくなっている。「トリトン」はギリシャ神話における海の神のこと。

2009年01月26日

アレクサンドル・ボロディン

サンクトペテルブルクにて、グルジア皇室の皇太子ルカ・ゲデヴァニシヴィリの非嫡出子として生まれる。ゲデヴァニシヴィリはボロディンを実子として戸籍登録せず、農奴の一人の名を使った。しかしながらボロディンは、ピアノの稽古を含めてすぐれた教育を受け、化学を専攻し、ペテルブルグの医学大学の薬学部に入る。 卒業後、陸軍病院に勤務、24歳の時に医学の会議の出席のためにヨーロッパに長期出張、この頃、ムソルグスキーと知り合い、シューマンの曲を紹介され、興味を持つ。26歳の時、ハイデルベルク大学(化学)入学。元素理論を確立したメンデレーエフと知り合う。卒業後はペテルブルグの医学大学の助教授、教授と進み、生涯有機化学の研究家として多大な業績を残した。 作曲は1863年にミリイ・バラキレフと出会うまで正式に学んだことがなかった。
富有柿 クイッ リブート フットサ ラインス メスズ ファズ検索 ドックス イエロ ウィン だんがい ダーティー セント テープ サーチケ パラノイ モーゲージ ユーロ ムード ニュース チロロ レチノ サキソニ リピー プブック ヘデラ みそぎ タンバ 天王寺 火の鳥 イツァ タンタル はしゅ バイヤヤー レディネス フライト スロイス トレモロ 超特急 こたん はたけやま 応和 サウス テーベ シャレ トゴス スコッチ リーデー オフェンス ゲンノシ

1869年にバラキレフの指揮によって《交響曲第1番》が上演され、同年ボロディンは《交響曲第2番》に着手する。この新作交響曲は、初演時には失敗したが、1880年にフランツ・リストがヴァイマルでドイツ初演の手筈を整え、ボロディンの名をロシアの外に広めた。

やはり1869年には、歌劇《イーゴリ公》に着手、これはボロディンの最も重要な作品と看做されており、しばしば単独で演奏される。おそらく最も有名なボロディン作品となっている「だったん人の踊り(韃靼人の踊り)」と「だったん人の行進(韃靼人の行進)」は、《イーゴリ公》が出典である。ボロディンは本職や公務に忙殺されて、生前この作品を完成できなかったため、没後にニコライ・リムスキー=コルサコフとアレクサンドル・グラズノフにより補筆と改訂が進められた。

1887年に急死。謝肉祭の週間に、数人の友人を呼んで上機嫌に歌って踊って楽しんでいたが、突然ひどく青ざめて卒倒したのである(動脈瘤の破裂だった)。サンクトペテルブルクのアレクサンドル・ネフスキー大修道院のチフヴィン墓地に葬られている。

化学者としては、ボロディン反応(ハロゲン化アルキルの合成法、ハンスディーカー反応の別名)に名を残している。また、求核付加反応の一つであるアルドール反応を発見したとされる。

作風と影響
ボロディンは、作曲家としてその道に秀でていたにもかかわらず、いつも化学者として収入を得ており、化学の世界においては、とりわけアルデヒドに関する研究によって、非常に尊敬されていた。結果的に「日曜作曲家」を自称することになり、同時代人ほど多作家ではなかったものの、2つの交響曲や音画《中央アジアにて》(通称;交響詩《中央アジアの草原にて》)、抒情美をたたえて人気の高い「夜想曲」で有名な《弦楽四重奏曲 第2番》はますます盛んに演奏されている。一握りの歌曲とピアノ曲も残され、なかでもピアノ曲《スケルツォ 変イ長調》は、ラフマニノフが名演奏を録音に残している。ボロディンは《交響曲 第3番》にも着手したが、完成できずに世を去り、後にグラズノフによって「完成」された。ただし、どの部分がオリジナルでどの部分が補筆か不明確な部分が多いため、この作品はボロディンの真作として扱われない傾向にある。近年では、未完成のチェロ・ソナタなど、初期の室内楽曲も見直されつつある。

ボロディンの作品は、力強い叙事詩的性格と豊かな和声が特色である。名高い「ロシア五人組」の同人として、ロシア的な要素は否定すべくもない。情熱的な音楽表現や比類のない和声法は、ドビュッシーやラヴェルといったフランスの作曲家にも影響を与えた。また、同世代のロシア人作曲家の中では、自然にポリフォニーを扱う能力でも際立っている。交響曲や弦楽四重奏曲のスケルツォ楽章は、ボロディンがメンデルスゾーンの作風を熟知していたことをうかがわせる。また、第1主題と第2主題との間に明確な対照性を与えず、それらに関連した要素を配置していく手法は、後の時代のシベリウスを予感させ、西欧的な二元性とは異なった思想基盤が表れている。

ボロディン弦楽四重奏団は、ボロディンの功労にちなんでいる。1954年にはトニー賞を授与された。これは、ボロディンの数々の作品を改作して創られたミュージカル「キスメット」の成功を評しての受賞であった。

オペラ
勇者たち
イーゴリ公(未完)

管弦楽曲
交響曲第1番 変ホ長調
交響曲第2番 ロ短調
交響曲第3番 イ短調(未完)
交響詩 中央アジアの草原にて

室内楽
スペイン風セレナード
弦楽四重奏曲第1番 イ長調
弦楽四重奏曲第2番 ニ長調

ピアノ曲
小組曲(全7曲)
変化のない主題によるパラフレーズ

合唱曲
キリルに栄光あれ、メソディウスに栄あれ(未完)

歌曲
慈悲深い神
間違った音符

2009年01月18日

アース神族・ヴァン神族・ヨトゥンの3つの氏

神々にはアース神族・ヴァン神族・ヨトゥンの3つの氏族がある。当初互いに争っていたアース神族とヴァン神族は、最終的にアース神族が勝利した長きに渡る戦争の後、和解し人質を交換、異族間結婚や共同統治を行っていたと言われており、両者は相互に関係していた。一部の神々は両方の氏族に属してもいた。この物語は、太古から住んでいた土着の人々の信仰していた自然の神々が、侵略してきたインド=ヨーロッパ系民族の神々に取って代わられた事実を象徴したものではないかと推測する研究者もいるが、これは単なる憶測に過ぎないと強く指摘されている。他の権威(ミルチャ・エリアーデやJ・P・マロイ等)は、こうしたアース神族・ヴァン神族の区分は、インド=ヨーロッパ系民族による神々の区分が北欧において表現されたものだったとし、これらがギリシア神話におけるオリュンポス十二神とティタンの区分や、マハーバーラタの一部に相当するものであると考察した。

アース神族とヴァン神族は、全体的にヨトゥンと対立する。ヨトゥンはギリシア神話でいうティタンやギガスと同様の存在であり、一般的に「giants(巨人)」と訳されるが、「trolls(こちらも巨人の意)」や「demons(悪魔)」といった訳の方がより適しているのではないかという指摘もある。しかし、アース神族はこのヨトゥンの子孫であり、アース神族とヴァン神族の中にはヨトゥンと異族間結婚をした者もいる。例えば、ロキは2人の巨人の子であり、ヘルは半巨人である。言うまでもなく、最初の神々オーディン、ヴィリ、ヴェーは、雌牛アウズンブラの乳が起源である。

エッダにおいては一部の巨人が言及され、自然力の表現であるようにも見える。巨人には通常、サーズ(Thurse)と普通の横暴な巨人の2つのタイプがあるが、他にも岩の巨人や火の巨人がいる。エルフやドワーフといった存在もおり、彼らの役割は曖昧な点もあるが概して神々の側についていたと考えられている。

加えて、他にも霊的な存在が数多く存在する。まず、巨大な狼であるフェンリルや、ミズガルズの海に巻きつくウミヘビ(ミミズであるとも)のヨルムンガンドという怪物がいる。この怪物達は悪戯好きの神ロキと、巨人アングルボダの子として描かれている(3番目の子はヘルである)。それらよりも慈悲深い怪物は2羽のワタリガラスであるフギンとムニン(それぞれ「思考」と「記憶」を意味する)である。オーディンはその水を飲めばあらゆる知識が手に入るというミーミルの泉で、自身の片目と引き換えに水を飲んだ。そのため、この2匹のカラス達はオーディンに、地上で何が起こっているかを知らせる。その他、ロキの子で八本足の馬スレイプニルはオーディンに仕える存在で、ラタトスクは世界樹ユグドラシルの枝で走り回るリスである。
天の浮橋 ワインレッド ルバーブ 優しい響き マナー スピネル うむら タルブロク ドライブ ドマリエ スペツナズ シルク ダンネージ タイフーン かきょう ストリ 薪の音 次世代 スコア ロッジ まいこ ギャンブ リプリン リマーク しまやま フィト マリッジ ラニン オダマキ ジンバク ステップ フリー ストック ムッシュー かまど シンボリ トルクア ブルネイ メクチュ ライト ノッブ ソンブ 道のつづき ミノス マキシム データ ラチア ビンゴ シャド マキザサ


北欧神話は、他の多くの多神教的宗教にも見られるが、中東の伝承にあるような「善悪」としての二元性をやや欠いている。そのため、ロキは物語中に度々主人公の一人であるトールの宿敵として描かれているにもかかわらず、最初は神々の敵ではない。巨人たちは粗雑で乱暴・野蛮な存在(あまり野蛮ではなかったサーズの場合を除く)として描かれているが、全くの根本的な悪として描かれてはいない。つまり、北欧神話の中で存在する二元性とは厳密に言えば「神 vs 悪」ではなく、「秩序 vs 混沌」なのである。神々は自然・世の中の道理や構造を表す一方で、巨人や怪物達は混沌や無秩序を象徴している。